2026/4/1
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国際

ウズベキスタンの日本人抑留者資料館、創設者スルタノフ氏死去 孫娘が新館長に

要約

私費を投じて日本人抑留者資料館を開設したジャリル・スルタノフ氏が死去し、孫娘が新館長に就任。28年にわたり抑留者の歴史を守り続けた活動が次世代へと引き継がれる。

ウズベキスタン外交日本人抑留者歴史継承追悼

スルタノフ氏が死去、私費で開設した資料館を28年運営

ウズベキスタンで日本人抑留者の歴史を伝える資料館を私費で開設し、長年にわたり館長を務めてきたジャリル・スルタノフ氏が死去した。資料館は閉館せず、新たに孫娘が館長に就任し、運営を引き継ぐ。

スルタノフ氏は、第二次世界大戦後にソ連によって中央アジアへ強制連行された日本人抑留者の足跡を記録・保存するため、私費を投じて資料館を開設した人物である。ウズベキスタン国内で日本人抑留者の歴史を伝える活動に尽力し、日本とウズベキスタンの友好関係にも貢献してきた。その功績から、日本政府による叙勲も受けている。

孫娘が新館長に就任、世代を超える歴史の継承

スルタノフ氏の死去に伴い、孫娘が新たな館長として資料館の運営を担うことになった。創設者から次の世代へと引き継がれることで、日本人抑留者の記憶を守る活動は今後も継続される見通しである。

ウズベキスタンには、戦後約2万5,000人の日本人が強制連行され、運河や発電所、劇場などの建設に従事した歴史がある。過酷な環境のなかで884人が命を落とし、タシケントの日本人墓地に眠っている。スルタノフ氏の資料館は、こうした歴史を風化させないための拠点として機能してきた。

両国関係の「記憶の架け橋」

日本とウズベキスタンは1992年に外交関係を樹立した。抑留の歴史は両国関係の原点の一つであり、ウズベキスタンでは日本人の勤勉さが今も語り継がれている。スルタノフ氏が築いた資料館は、歴史の記録にとどまらず、両国をつなぐ文化的な架け橋としての役割を果たしてきた。孫娘への世代交代は、その役割が次の時代へと受け継がれることを示している。