米公民権運動の黒人指導者ジェシー・ジャクソン師が死去
要約
米国の公民権運動を牽引したジェシー・ジャクソン師が死去した。1984年と1988年に民主党大統領候補指名を争い、アフリカ系アメリカ人の政治参加における歴史的転換点を作った指導者として知られる。
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キング牧師の後継者、逝く
米国の公民権運動における黒人指導者、ジェシー・ジャクソン師が死去した。
ジャクソン師は、1968年に暗殺されたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の側近として知られ、その後の公民権運動を継承する中心的な存在であった。キング牧師亡き後、米国で最も影響力のあるアフリカ系アメリカ人指導者の一人として活動を続けてきた。
歴史的な大統領選への挑戦
ジャクソン師は1984年と1988年の2度にわたり、民主党の大統領候補指名争いに出馬した。アフリカ系アメリカ人として初めて大統領候補指名を本格的に争い、1988年にはマイケル・デュカキス候補に次ぐ2位となるなど大きな存在感を示した。この挑戦は、2008年のバラク・オバマ大統領誕生へと至る道筋を準備したものとして評価されている。
社会正義の旗手として
ジャクソン師は「レインボー・コアリション(虹の連合)」を設立し、アフリカ系アメリカ人や少数派の権利擁護に取り組んだ。その活動は人種平等にとどまらず、反戦運動や環境保護運動にも及び、幅広い社会正義活動の基盤を築いた。米国における人種平等と政治参加に関する議論を大きく転換させた人物として、その功績は広く認められている。