東日本大震災から14年7カ月、行方不明の6歳女児の遺骨が家族のもとへ
要約
岩手県山田町で津波により行方不明となった山根捺星さんの遺骨が、約14年7カ月ぶりに家族へ返された。宮城県南三陸町で発見された下顎の骨がDNA鑑定により身元特定された。
約14年7カ月を経て、遺骨が家族のもとへ
2011年3月11日の東日本大震災の津波により、岩手県山田町で行方不明となっていた山根捺星(なつせ)さん(当時6歳)の遺骨が、約14年7カ月を経て家族に返された。遺骨は2023年に約100キロ離れた宮城県南三陸町で発見された下顎の骨で、DNA鑑定により捺星さんのものと判定された。
2025年9月30日、父・朋紀さん(52)の携帯電話に宮城県警から遺骨発見の連絡が入った。
朋紀さんは「絶対に見つからないと思っていたので奇跡を感じた。捺星が諦めていなかったんだと思う」と語った。
津波を怖がり家に戻った6歳の少女
捺星さんは自閉症があり、家族以外の呼び名はほとんど話せなかった。震災当時、小学校入学を控えていた。
震災発生時、祖母が捺星さんを外に誘ったが、津波を怖がり家に戻ったという。その後、自宅は火災で焼失した。
母・千弓さん(49)は「私たち4人家族だったよね。欠けたパーツがやっとはまったような」と心境を明かした。
「21歳の姿でいてほしかった」──家族それぞれの思い
兄・大弥さん(26)は「心のどこかで、別の場所で生きていると空想することもあった。それは絶対にないと突きつけられた」と語る。遺骨の発見は、長年抱いてきたわずかな希望に終止符を打つものでもあった。
捺星さんが生きていれば、現在21歳。千弓さんは「それでも、やっぱり会いたい。ここに、21歳の姿でいてほしかった」と声を絞った。
東日本大震災発生
岩手県山田町で当時6歳の山根捺星さんが津波により行方不明。自宅はその後火災で焼失した。
宮城県南三陸町で遺骨を発見
岩手県山田町から約100キロ離れた宮城県南三陸町で捺星さんの下顎の骨が発見される。損傷が激しい遺骨からも採取しやすいミトコンドリアDNA型鑑定により身元特定が進められた。
宮城県警が遺骨発見を通知
DNA鑑定により身元が確定し、父・朋紀さんに連絡。約14年7カ月ぶりに遺骨が家族のもとへ返された。
震災15年、今なお2519人が行方不明
東日本大震災から15年となる2026年3月11日現在、依然として2519人が行方不明のままである。警察は延べ約72万人を捜索に投入してきたが、発見に至らないケースが大半を占める。
捺星さんの遺骨が長い年月を経て家族のもとに戻ったことは、今なお帰りを待つ多くの遺族にとって、捜索継続の意味を改めて問いかけるものとなった。