大相撲の元大関・若嶋津の日高六男さんが死去 「南海の黒豹」と呼ばれた名力士
要約
1980年代に「南海の黒豹」の異名で知られ、幕内優勝2回を誇った元大関若嶋津の日高六男さんが死去した。引退後は松ヶ根部屋を創設し、後進の指導にあたっていた。
スポーツ大相撲訃報
元大関・若嶋津の日高六男さんが死去
大相撲の元大関・若嶋津の日高六男(ひだか・むつお)さんが死去したことが15日、明らかになった。
日高さんは鹿児島県中種子町出身で、1975年春場所で初土俵を踏んだ。黒い肌とすばやい動きから「南海の黒豹」の異名で知られ、1983年1月場所から1987年7月場所まで約4年半にわたり大関の地位を務めた。
幕内優勝2回、年間最多勝も獲得
現役時代の日高さんは幕内優勝2回を記録。1984年には年間最多勝となる71勝19敗の成績を残した。当時の相撲界は横綱・北の湖や千代の富士らが君臨する「黄金期」にあたり、激しい競争のなかで存在感を示した。
一方で、千代の富士との対戦成績は28戦3勝と大きく負け越しており、時代を代表する横綱の壁の高さをうかがわせる記録でもあった。
引退後は松ヶ根部屋を創設
1987年7月に現役を引退した後、1990年に松ヶ根部屋を創設。親方として日本相撲協会に残り、後進の育成に長年携わった。