歌人・岡野弘彦さん死去、101歳 歌会始選者や文化勲章受章
要約
折口信夫の最後の内弟子として知られ、1979年から約30年間にわたり宮中歌会始の選者を務めた岡野弘彦さんが4月24日に亡くなった。2021年には文化勲章を受章していた。
文化勲章受章の歌人、101歳で逝く
歌人で文化勲章受章者の岡野弘彦さんが4月24日に死去した。101歳だった。1979年から約30年間にわたり宮中歌会始の選者を務め、1983年から2007年までは宮内庁御用掛として天皇(現・上皇)や皇族の歌の相談役を担うなど、日本の歌壇において重要な役割を果たし続けた。
岡野さんは三重県の神社の家系に生まれ、神主養成の神宮皇学館を経て国学院大学を卒業した。在学中から民俗学者であり歌人でもある折口信夫(釈迢空)に師事。折口家の同居人として国文学と短歌を学び、師の学問と精神を深く受け継いだ。1945年には入隊し、東京大空襲に遭遇して焼死体の片付けなどを体験している。
迢空賞から文化勲章まで、数々の栄誉
1973年に第2歌集「滄浪歌」で迢空賞を受賞。その後も数々の賞に輝き、1998年には日本芸術院会員に選出された。2013年に文化功労者、2021年には文化勲章を受章した。同年には既刊歌集と未掲載歌をまとめた「岡野弘彦全歌集」を出版。歌集未掲載の作品は3000首を超えた。2022年には斎藤茂吉短歌文学賞を受賞している。
入隊・東京大空襲を体験
東京大空襲に遭遇し、焼死体の片付けなどを経験した。この戦争体験はその後の歌作に深い影響を与え続けている。
迢空賞を受賞
第2歌集「滄浪歌」で、師である折口信夫の号にちなむ迢空賞を受賞した。
歌会始の選者に就任
宮中歌会始の選者に就任。2008年まで約30年間にわたり、国民の詠む歌の選考に携わった。
宮内庁御用掛に就任
天皇(現・上皇)や皇族の歌の相談役を2007年まで24年間担い、現天皇陛下や皇后陛下への進講も行った。
文化勲章を受章
長年の功績により文化勲章を受章。既刊歌集と3000首超の未掲載歌をまとめた全歌集も出版された。
死去
101歳で死去。代表作に「滄浪歌」「バグダッド燃ゆ」があり、人生の出来事を歌に詠み続けた生涯だった。
教育者としての足跡
岡野さんは国学院大学名誉教授を務めたほか、国学院大学栃木短期大学の学長も歴任した。教育・研究の分野においても長年にわたり貢献を続けた。代表作には歌集「滄浪歌」のほか「バグダッド燃ゆ」などがあり、戦争体験や人生の出来事を歌に詠み続けた生涯であった。