1. 葵祭の起源と歴史 葵祭の正式名称は「賀茂祭」といい、下鴨神社(賀茂御祖神社)と上賀茂神社(賀茂別雷神社)の例祭です。起源は6世紀中頃の欽明天皇の時代にまで遡り、凶作や疫病の流行を賀茂大神の祟りと考えて祭礼を行ったのが始まりとされています。平安時代には国家的な行事として盛んに行われ、貴族の祭として発展しました。「葵祭」という通称は、行列や牛車、装束などに賀茂神社の神紋でもある「二葉葵」が飾られることに由来します。 2. 斎王代の制度について かつては天皇の代わりに賀茂社に仕える未婚の皇女「斎王」が祭りの中心的存在でしたが、鎌倉時代にその制度は廃止されました。1956年(昭和31年)に「斎王代」として復興され、京都にゆかりのある未婚の女性から選ばれるようになりました。斎王代は十二単をまとい、葵祭のヒロインとして王朝行列に参加します。 3. 祭りの変遷と京都三大祭 葵祭は長い歴史の中で何度も中断と復興を繰り返してきました。1943年以降の中止を経て1953年に復興し、1956年には斎王代・女人列が加えられて現在の形に近づきました。2020年と2021年には新型コロナウイルスの影響で行列(路頭の儀)が中止されています。祇園祭、時代祭とともに「京都三大祭」の一つに数えられ、平安時代の王朝文化を今に伝える貴重な祭りとして位置づけられています。